日本における麹の文化
8000年の昔から利用されてきた発酵
「発酵とは」でも述べたとおり、食品等に微生物が繁殖することで、その食品に含まれる成分が変化する作用のうち、人にとって有用なものを発酵と言います。
食品が発酵すると、味や香りがよくなる、保存性が高まる、消化されやすくなるなど人にとって好ましい変化が起きます。また、酢酸やクエン酸などの有機酸、乳酸菌などの微生物、そしてアルコールなどの重要な代謝産物が得られることもあり、私たちの食文化において発酵は重要な役割を果たしてきました。
発酵の起源には諸説ありますが、7000年前に現在のイランのある地域でワインを作った証拠が確認されていること、8000年前にはコーカサス地方(黒海とカスピ海に挟まれた地域。現在のグルジアやアゼルバイジャンのあるあたり)でワインが飲まれていたとする説もあり、かなり昔から、人々は発酵を利用して生活していたことがわかっています。
微生物の繁殖の容易な温暖な地域から、おおよそ微生物の活動には不向きと思われるような極北の地域に至るまで、発酵食品は世界中で見られますが、この中でも「カビ」を利用して作られる発酵食品は、東南アジア・東アジアに集中しています。カビ類の生育には多湿な環境が必要なため、多湿な環境が整いやすいこの地域でのみカビの利用が進んできたものと考えられています。(例外として、ヨーロッパで作られるチーズにはカビを利用したものがあります)
カビとは何か
カビはキノコの仲間ですが、「キノコ(子実体)」の部分がなく、糸状の体のみが存在する微生物です。
常温で放置した食べ物に生えるのはもちろんのこと、少し古い食品だと冷蔵庫に入れていてもカビが生えることがありますし、お風呂場の隅や押し入れの中などの湿気の多いところや、雨どいやカメラのフィルムなどのプラスチック製品に至るまで、カビは様々な場所で見ることができます。ありとあらゆる場所でカビの繁殖が見られるのは、カビの胞子が空気中にごく当たり前に存在しているからです。何種類ものカビの胞子が常に空気中を舞っており、それぞれ自分が繁殖できる足場(食べ物のときも、食べ物でないときも)にたどり着いた時に菌糸を伸ばして成長し、「カビが生えた」状態になるわけです。
カビの胞子や細胞の一つひとつはとても小さく、人が直接見ることはできません。胞子が発芽しある程度の大きさに成長してはじめて確認できるようになるのですが、その見分けは難しく、日常では黒カビや白カビなどの大体の特徴で呼ばれており、しいたけやしめじ、松茸のように和名が個別につけられたものはあまりありません。
しかし、キノコも含めるとカビの仲間は現在8万種程度が発見されていて、まだ発見されていないものも含めると100~150万種に上るとも言われています。
コウジカビと日本の食文化
食品へのカビの利用の方法で、代表的なのが「麹」です。
「麹とは」でも解説している通り、麹とは麦、米、大豆などの穀物にカビを繁殖させたものを言い、発酵大麦エキスの原料となる焼酎をはじめとした、日本の発酵食品づくりには欠かせないものです。
先述した東アジア~東南アジア地域でも、穀物にカビを繁殖させた「麹」を使った酒や発酵食品が数多く存在しており、「麹」の利用はこれらの地域で共通の手法とも言えるでしょう。
ただし、これらの地域で利用される麹と日本の麹には大きな違いがあります。
日本以外の地域の麹には、クモノスカビ、ケカビなどの多種類のカビが混在しているのに対して、日本の麹に繁殖しているのは基本的に麹菌と呼ばれるコウジカビのみ。それも、焼酎なら白麹菌、日本酒なら黄麹菌と、作る食品によってコウジカビの中でも特定の種類のみが繁殖した麹を利用しているのです。
平成18年に、日本醸造学会は麹菌を日本の国菌として認定しました。
この違いは、麹の製法の違いによって生まれています。日本以外の地域では、麹は原料となる穀物に、カビを自然繁殖させて作るやり方が主流です。自然繁殖なので、空気中の様々なカビが混在する麹が出来上がります。
対して、日本では特定のコウジカビ(麹菌)がついた「種」となる麹菌を穀物に混ぜ、それだけが繁殖するように温度や湿度を管理し、麹菌が穀物に万遍なく繁殖するように撹拌を繰り返すなど、人の手で麹を作っていきます。
なお、この種となる麹菌については、清酒、焼酎、味噌、醤油などの用途ごとに分けられた形で種麹の専門メーカーより販売されています。この種麹は、酒造業界では「もやし」と呼ばれています。
漫画「もやしもん」はこの「種もやし」に由来します。
麹菌も、空気中に数多く存在するありふれたカビなのですが、これを自然任せにするのでなく、各々の食品に合ったものを選り分け、特別に育てたものを利用するのが、日本の麹食品づくりの最大の特徴です。
麹を使って作られる日本の食品には、発酵大麦エキスの原料となる焼酎や、日本酒・泡盛などのアルコール、醤油・味噌・みりん・酢などの調味料があり、どれも和食を作るのには欠かせない食材です。
奈良時代には麹を使った酒造りの手法が確立されていたこと、室町時代には各食品に合った「種麹」を製造・販売する「座」が存在していたことなどから見ても、日本の食文化はコウジカビ(麹菌)によって成長、発展してきたと言っても過言ではないでしょう。