食べ物以外でも利用される発酵-伝統的な染色技術
発酵は日本の食文化の中で重要な位置を占めていますが、食品以外でも発酵技術を利用したものが多くあることはご存知でしょうか。発酵技術は、製薬や工業の分野でも活用されていますが、今回は染色(染め物)に使われる発酵技術についてご紹介します。
発酵を利用した染色の代表「藍染め」
藍色やインディゴブルーなど、深い青色に染める藍染め。日本の代表的な染め物で、藍染めの色は、海外ではジャパンブルーと呼ばれることもあります。現在では工業的に染色されたものがほとんどですが、もともとはタデ科の『アイ』という植物を使った染色でした。
藍染めに利用できるアイにはいくつか種類がありますが、中でも『タデアイ』という種類の植物がよく利用されます。このタデアイをそのまま利用するのでなく、発酵させて『すくも』という染色材料に加工してから染めるのが、いわゆる伝統的な藍染めとよばれるものです。
タデアイは5月に種まき、7月から8月にかけて収穫され、細かく裁断して一旦乾燥させますが、そのあとこれを発酵させ『すくも』に加工します。すくもづくりは、寝床とよばれる大きな部屋で行われます。寝床に乾燥タデアイを広げ、水をかけ、数日おきに上下を返していくことで発酵が進み、染料成分が凝縮していきます。すくも作りは、発酵による高温(70度程度まで上がります!)の中で、発生するアンモニアの刺激臭に耐えながら、3か月という長期間にわたって作業を行うという過酷なものになります。
こうしてできあがったすくもを、他の材料と混ぜてさらに発酵させ、実際の染料を作っていくのですが、この手法は天然藍発酵建(てんねん-あい-はっこう-だて)と呼ばれます。すくもと、木灰から取った灰汁(あく)、石灰を混ぜ、そこに微生物のエサとなるふすまや清酒などを入れ、30度前後で1,2週間発酵させることで染料が出来上がります。藍染めの青の成分「インディゴ」はすくもの中には水に溶けない形で存在していて、このままだと色が付きません。発酵の作用で不溶性のインディゴは水溶性のインディゴに変わり、染料として利用することができるようになります。なお、発酵はタデアイにもともと住んでいる微生物によるもものです。
奄美地方の伝統織物、大島紬の染色方法「泥染め」
渋く艶のある黒褐色、精緻な模様が美しい大島紬。大島紬は、友禅のように白い織物に絵付けをする手法でなく、先に染色した糸を使って模様を織り込んでいく織物です。糸の染色は、奄美大島に特有の鉄分が豊富な泥と、テーチ木(車輪梅、シャリンバイ)という植物を使って行われますが、この手法は「泥染め」と呼ばれており、この泥染めにも発酵が関わっています。
泥染めでは、はじめにテーチ木をチップ状に細かくし、1~2日かけて煮出して、テーチ木から染料成分を抽出します。その後チップを取り出し、1週間ほどかけて抽出液を自然に冷まして「染料」にしますが、この過程で発酵が起こります。発酵は空気中の微生物によるもので、微生物はテーチ木に含まれる栄養分をエサにして活動します。
出来上がった染料は褐色をしていて、これで染めた糸も初めは茶色に染まります。これを大島紬特有の艶のある黒褐色にするには、奄美大島に自然に存在する特別な泥を使って染める工程が必要になります。この泥は鉄分が多く含まれており、テーチ木の染料に含まれる「タンニン」という成分と結びつき、黒く変色させる作用を持っています。つまり、大島紬の色は、鉄分と結びついたタンニンの色なのです。テーチ木染料と泥とを繰り返し糸に揉みこむ作業を3回4回と繰り返すことで、大島紬の深い黒褐色が実現します。
ところで、大島紬は3代使える使えるというほどに丈夫なことで知られています。一方で、繭から初めに取られる品質の良い絹糸(生糸)で織られるため、薄くて軽いのが特徴です。薄くて軽い、なおかつ丈夫を実現しているのは、泥染めの工程で繰り返ししみ込ませる鉄が糸自体を丈夫にしているからです。
単なる染料に留まらない、防腐、防水用途でも使われる「柿渋染め」
タンニンが染色成分になっているもので、もう1つ有名なのが柿渋染めです。
柿渋は、まだ青い渋柿を使って作る褐色の液体で、収穫した未熟果実を粉砕し、水を加えて発酵させることで作られます。発酵は仕込んで数日程度で始まりますが、撹拌を繰り返して10日程度発酵させたものを絞り、液体成分だけをさらに数年間発酵させて出来上がります。
柿渋は発酵によって発生する酢酸や酪酸などより独特の悪臭がありますが、それでも利用されてきたのは生活に役立つ特別な役割があったからです。柿渋は単なる染料ではなく、防水・防腐作用がある有用な塗料として使われていました。
日本の建築物の多くは木造ですが、柿渋は建築物の防水・防腐用途で利用されていました。また、水中で利用する網の強度を増すためにも古くから使われた記録があります。時代劇などで、食い詰めた浪人が長屋で傘貼りの内職をしているシーンを見ることがありますが、傘に塗っているのも柿渋ですし、柿渋を塗った団扇は「渋団扇」という固有名詞があるほどポピュラーなものでした。現在では以前ほどの利用機会はありませんが、悪臭を抑えた柿渋も開発されており、天然素材の塗料として人気があります。
もちろん布を染めるのにも使われていて、主に茶色に染色されます。藍染めや泥染めと同様、繰り返し染料に付けて乾燥を繰り返すことで、様々な色合いの染物が作られます。また、柿渋染めは日光に当てるとより濃く発色することが知られており、色落ちが少ないのも特徴の1つです。
発酵といえばやはり食品への利用が有名ですが、このように食品以外でも多くの利用例があります。私たちの生活は、あらゆるところで、小さな生き物によって支えられていることを実感しますね。
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