食べ物以外でも利用される発酵―医薬品の生産
抗生物質をつくる放線菌
酵母が作るアルコールや、乳酸菌が作る乳酸など、微生物は、その種類と環境によって多様な物質を生産します。
例えば、いくつかの種類の微生物が混在している環境では、ある微生物は仲間を増やすために他の種類の微生物を攻撃する物質をつくります。この物質を「抗生物質」と呼び、これらは医薬品などに利用されています。抗生物質は、微生物による発酵の力によって産み出されていると言えます。
自然界には数多くの抗生物質がありますが、現在見つかっているものの多くは、放線菌が由来です。
放線菌はストレプトマイセス属をはじめとした様々な種類の微生物の総称です。細胞の構造は細菌に似ていますが、カビのように菌糸を形成します。雑木林や公園など、わたしたちの身近にある土の中に存在する微生物です。
長年の放線菌の研究により、「ストレプトマイシン(結核)」、「リファマイシン(結核)」、「エリスロマイシン(咽頭炎、呼吸器系の炎症など)」、「イベルメクチン(オンコセルカ症)」などの数多くの特効薬の開発に繋がっており、私たちが健康な生活を送れるのは、放線菌のおかげであるといっても過言ではありません。(カッコ内は主な適応症を示す)
結核の特効薬~ストレプトマイシン
結核は、原因となる結核菌「マイコバクテリウム・ツベルクローシス」(Mycobacterium tuberculosis)という微生物によって引き起こされます。かつては「不治の病」といわれた恐ろしい病気でした。
しかし、微生物研究者であるワクスマンらによって、結核に有効な抗生物質「ストレプトマイシン」を放線菌が生産することが明らかとなりました。
結核菌に限りませんが、生物が生きていくためには、体組織や酵素やホルモンなどの様々なタンパク質を、細胞内でその都度作らなければなりません。ストレプトマイシンには、結核菌がタンパク質を作れないようにする作用があり、これによって結核菌の繁殖が抑えられて病気が治る、という仕組みになっています。
ストレプトマイシンの発見により、結核は「不治の病」ではなくなり、この功績によりワクスマンらはノーベル生理学・医学賞を受賞しています。
オンコセルカ症(河川盲目症)薬~イベルメクチン
北里大学特別栄誉教授である大村智先生をご存知でしょうか。
大村智先生がオンコセルカ症の特効薬に関する研究の功績などにより2015年のノーベル生理学・医学賞を受賞したことは記憶に新しいのではないでしょうか。
オンコセルカ症は、回線旋糸状虫をいう線虫が引き起こす感染症で、皮膚の痒みや変色を引き起こすほか、重症になると失明に至らせる病気です。世界の失明原因の上位にくる疾患であり、熱帯地域やアフリカ南部で感染者が多く、患者数は約1800万人、うち視覚障害が約50万人、失明者は約27万人いるともいわれています。
大村智先生は、放線菌が生産する抗生物質であるエバーメクチンを発見しました。このエバーメクチンの構造の一部を変換したイベルメクチン(商品名:メクチザン)は、オンコセルカ症の特効薬として利用されており、アフリカや中南米を中心に、多くの人々を失明の危機から救ってきました。
長年数多くの研究機関や製薬メーカーがしのぎを削って抗生物質の研究に取り組んでいますが、そこに発酵の力は欠かすことができません。医療が発展したのも、発酵研究者の努力があってこそと言えるのではないでしょうか。
一方で、最近は抗生物質の効かなくなった耐性菌の蔓延が世界で問題になっています。大学や製薬メーカーが研究に乗り出し、更なる技術の進歩が期待されています(※1)。
※1
2018/8/13日本経済新聞「塩野義、耐性菌対策へ技術・薬剤開発へ」より
2018/10/25 日本経済新聞「新潟大、北里大と肺炎治療物質の共同研究」より
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